昨日は…2009年02月01日 11時10分07秒

今日から二月。

昨日は出産後はじめて人前でお話ししました。
人前といっても家族同然の門下生たち。
「ことばのまなびや」の集まりでした。
久しぶりの笑顔、笑顔、笑顔。
うれしくって顔も心もほころびっぱなしでした。
おかげさまで、無理のない最良のスタートになりました。

前半は活動報告や活動予定、会計報告など。
後半は各グループごとの発表という構成に。
半年間「講師不在」のまま練習を重ねた日々の成果発表です。
それぞれのグループごとの個性も際だち、
練習の様子まで想像できます。

いやあ、みんな、すばらしい!
うれしい!ほんとうに!
わたしはこころからうれしかったです!

来年二月には劇場での朗読会を予定しています。
その日に向かってまた一歩、ともに進みましょう。

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昨日の朝、カレンダーで1月31日という日を見て思いました。
そう、一生忘れられない日の一つです。
昨年の1月31日、
私の体内で小さな小さなほんとに小さな心臓が、
鼓動を打つ音を聞いた日です。

おなかの中で成長し生まれ出たはるちゃんは、
二日前にはじめて“くるんぱっ”と寝返りを打ち、
今日は初めておかゆの上澄みを食しました。
初めてスプーンで食べたごはんは、
ほんの少しでしたが、とても上手に食べることができました。

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6月に上演される時代物の歌芝居で、
一曲だけ作詞をすることになっていました。

竹千代(のちの徳川家康)を生んだ於大が、
離縁され里に帰って、ひとり竹千代を想い歌う歌。
(当時の女性は、まさに子を産むためだけの存在だったのですね)

箏曲正弦社家元の野村祐子さんが琴を弾きながら歌う予定で、
祐子さん自身が作曲をされます。
その作詞の締め切りが1月いっぱいだったので、
昨日の夜にメールで送りました。

於大の悲しい心持ちが自然に私に中にわいてきます。
五感で覚えた記憶は、なかなか消えないものですよね。
風の音に重なり聞こえてくる子どもの泣き声。
乳のにおい、無垢な笑顔。
柔らかな肌、胸に抱いた小さな体のぬくもり…。

お琴の弾き語りと言うことで、
私には珍しく七五調の詩にしました。

 「杜をゆらして吹く風に」
  ~母のひとり唄~

 杜をゆらして吹く風に
 重なりき聞こゆ 夜泣き声
 わが子の声と あのぬくみ
 幾とせすぎしも忘れえぬ

 今宵も落つる涙雨(なみだあめ)
 夜ふけて抱(いだ)く 夢枕
 背丈のほどに思い馳せ
 育ちのとしを指で折る

  胸の痛みは日ごと増す
  ひと目会いたや 愛し子よ
  ひと夜野をこえ 川をこえ
  わが子の眠るかの町へ
  飛んでゆきたや鳥のよに

 杜をゆらして吹く風に
 重なりき聞こゆ 夜泣き声
 わが子の声とぬくもりは
 幾とせすぎしも忘れえぬ

辛と幸2009年02月09日 16時35分29秒

昨年はじめに脳梗塞で倒れた
イラストレーターでグラフィックデザイナーの楚勉(そ・つとむ)さん。

年賀状で予告されたとおり、
不自由になった手で自らに課して描かれた絵はがきが、
毎日のように届いている。
今日現在で20枚以上。

柔らかく、優しい楚さん独特の世界は健在ですが、
かつての洗練され、繊細な楚さんの作品とはちょっぴり違う世界。
無骨な線のタッチが闘病のつらさを物語ります。
けれど、けして暗くない。
暗くないどころか、明るい。
明るいだけでなく、人の心までぱぁっと明るくしてくれる。

一番さいしょに届いたはがきには、
ひとつぶの涙を流したイチゴの絵。
「いちごいちえ」の文字と、2008年4月2日の日付。
裏には、
『鉛筆がやっと握れたころで、芯に圧力がかからず、
ベタは腕でおさえて塗りました。
一枚とて同じ線はありませんでした。
転院して別れてきた仲間と看護師のみなさんへ。』

そして、もう一つ小さな文字で、

『信頼でき大好きな人にわたしが勝手に出すものです。
返信は不要です。』

とありました。

リハビリで歩く道すがら、出会った草木や花たち。
風や雨や、ふと気づいたこと。
こんなにもたくさんの感動やメッセージがあるのですね!
わたしの心に、新しい風や光をくれる存在となりました。

その中の一枚に、こうありました。
「辛」(この場合はカライじゃなくツライと読みましょうねっ!)
の文字にヨコ棒が一本加えられています。
そうすると「幸」(しあわせ)の文字になるのですよね。
そのヨコ棒には、
「ガマンガヨロコビヲオオキクスル」と小さな文字で書かれています。

そうですよね。
うんうん。そうそう。
「命」の次に大事な手の自由を失った楚さんが書くから、
じんじん届きます。

ありがとうございます。
わたしの宝物です。

ここには、
かつての楚さんには描けなかったであろう世界が、
満ちあふれているように感じます。

おひな様2009年02月14日 17時53分50秒

そういえば…、
私の育った家には、おひな様はなかったなぁ。

 そんなことを言ったら、
 四つちがいの弟にも、五月人形も鯉のぼりもなかった。
 誕生日にも、プレゼントなんてなかった。
 (けれど、母がお赤飯をかならず作ってくれた。)

おひな様は、家が狭いから置けないんだと子ども心に思っていたし、
友だちの家の五段飾りのおひな様を見ても、
とくに欲しいとは思わなかった。
だって、手にとって遊べるおもちゃじゃないんだものね。
見て楽しむなんて、子どもには意味がよくわからなかった。


いま二十歳の娘が初節句を迎えたときには、
当時住んでいた団地のお隣の方が、
和紙のおひな様の作り方を教えてくれて、いっしょに作った。
ケースに入れたら、それなりの雰囲気があり、毎年飾っていた。
やがてその和紙のおひな様は、
三度の引っ越しの間にどこかへ行ってしまった。


はるちゃんにもおひな様を…と思っていた。
お店にも行ってみた。
さすがに今は、段飾りは主流じゃないらしく、
お内裏様とおひな様の二人だけが多い。
場所はとらないけど、ピン!とくるものがなかった。

「あ、そういえば…」と思い出した。
すっと以前のこと、いただいた陶製のおひな様があったっけ!
母の家の食器棚にずっと入れっぱなしだった。
目につくところにずっと置いていても、
なかば存在を忘れられていたおひな様。




あらためて取り出してみた。
小さいけれど、いい顔している。
マンションの書棚の一段に飾った。
これ、いいね~!はるちゃん!
よかった、すてきなおひな様があって。


どなたか、このおひな様の作者など、
おわかりでしたら教えてください。
なぜか、いただいだときの記憶が曖昧で、
作者のことや、どのあたりの焼き物か、など記録が何もないのです。

疲れ2009年02月23日 13時23分48秒

昨日は、審査員を務めた多治見市文芸祭の授賞式でした。

はじめてはるちゃんを家において出かけました。
6時間ちょっとだったでしょうか。

たった6時間のことが、
子どもを置いて出かけるというプレッシャーで、
前の晩にはなかなか眠られませんでした。

え~っと、昨日のお仕事はというと、
まずは審査員の先生方との懇談、
そして人前でじっと椅子に座り続け、
さいごに部門別講評会です。
これも歌詞部門は参加者が少ないので、
和気藹々とおしゃべりするだけなのですけどね。


なのに、なのに、帰ったらもう、ぐ~ったり~
こんなに疲れるものかしら、と不思議なほどでした。
それに、十年くらいなかった座骨神経痛まで起こる始末。


おまけにおまけに…、
昨夜は、はるちゃんが久々にものすごい夜泣きでした。
マンション中に聞こえるんじゃないかと思うような泣き声が、
真夜中に響き渡りまして…、
今も…昨日の疲れはしっかり残っています。はい。


去年の授賞式では、おなかにはるちゃんがいて、
受賞作品の朗読もするというハードな内容したので、
緊張感は数倍大きかったはずなのですが…。

性分でしょうか、じっとしている方が疲れるということ、
それから、
久々に外の空気に触れるには想像以上にエネルギーが必要なこと、
そんなことを痛感いたしました。


でも、昨日のあの時間は、外界からしばし離れていた私には、
ちょうどいいリハビリ(?)だったかもしれませんね。


今日はおとなしく家でじっとしています~。

50年 生きてきました2009年02月25日 11時36分54秒

生を受けてから、半世紀たちました。

ありがとうございます。
ありがとうございます。


3年前のプロフィール写真、
気に入っていてずっと使っていました。
でも、あのときの私と、今の私…、違います。

あごの“たるみ”は気になるけれど、
美容院へ行けなくて自分で切った前髪も気になるけれど、
これが今の私…と言うことで、
10年撮ってくださっている
清水ジローさんのところへ昨日伺い、
あたらしい写真を撮っていただきました。

はるちゃんを連れて行ったので、
ツーショットでも撮ってもらいました。

はるこも、今日でちょうど生後6ヶ月。
「半年」と「半世紀」の記念日になりました。
外は雨が降っています。
いつと変わらない静かな日です。

あなたに、ありがとう。
今まで出逢ったすべての「いのち」に、
ありがとうございます。