山あり谷あり2008年12月03日 07時43分19秒

夫の実家への帰省は、無事終えることが出来た。
みんなの笑顔がいちばんの宝ものだなあって、実感した。

そのあと風邪で1週間ダウン。
これも今までなかったこと。


さて、早くも12月の声を聴く。
今年はなんてめまぐるしい年だったのだろう。

はるちゃんの誕生はもちろんのこと、
ブログでは書けない“あんなこと”、“こんなこと”も含め…、
母の入院もだ。


動悸がひどく苦しくて寝られなかったという母を
昨日病院へ連れて行った。
はるちゃんをつれては診察室まで行けないので、
診察が終わったら公衆電話から携帯へ連絡をもらうことにした。

病院の近くの公園で初冬の明るい陽差しのもと、
連絡を待っていた。

携帯が鳴ったが、公衆電話ではなく病院の代表電話。
いやな予感は当たる。
また母が緊急入院となった。

今年6回目の入院だ。
緊急入院ってこんなにあるものなのだろうか。


夜になり、夫にはるちゃんを待合室でみてもらい、
医師から詳しく話を聞いた。

今ここでは詳しく書けないが、
今度の入院は長期戦になりそうだ。

看護師さんの何気ない言葉が高圧的で、
母の前でいやな顔をしてしまった。
母が一番心細いだろうにと、あとでひどく反省した。


人生は予測不可能なことがある。
というよりほとんど予測不可能なことの連続だ。
けなげに希望を抱いて生きる人間に、
ようしゃなくその希望をつぶす現実を突きつける。

来年は…2008年12月10日 16時35分00秒

今年も残すところ二十日ほどとなり、
いろいろあった2008年をふり返っています。

自分の弱いところ、悪いところ、
いろいろ気づく出来事もあり、
宿題がこぼれそうなほど満載の年越しとなりそうです。

50年染みついた習慣や思考の癖を
どこまで修正できるものか、
ずいぶんハードルは高そうだけど、
がんばります。

再来年(2010年)の計画も決まり、
(オニも大爆笑ですね)
来春から動き出す目処も立てました。
この冬が終わるころには、
ひとまわり大きくなって活動を始めたいと思います。

来年は、仕事(活動)・介護・子育て、
三本柱でがんばりまーす


今日、はるちゃんは三ヶ月児検診でした。
身長、体重ともにほぼ平均値、順調に成長しています。
抱っこして歌を歌うと、
静かな歌はジーーっと聴き入り、
楽しい歌だと一緒に声を出して歌います。

うちにはテレビもないし、
あまり電子音のような音も聴かせていないので、
おもちゃについている音に驚いて、
ふにゃ~って泣いてしまいました。

もう少し腰が据わってきたら絵本を読みたいなあ。

人見知り2008年12月13日 11時25分56秒

はるちゃんも人見知りのタイプみたいです。

岩月麻里さんの開くおばた治療室へ、
あかちゃんマッサージを教わりに出かけたら、
場所と人に慣れなくて、
えーんえーんって泣いていました。

麻里さんに、
「お父さん人見知りするタイプ?」と聞かれました。
彼女曰く、人見知りは遺伝するみたいと。
思えば夫は人見知りを克服したタイプです。
そういう私も、赤ちゃん時代には、
知らない人がどんなにあやしても笑わない子で、
母が困ったという話しをよく聞かされました。
基本的には私たち夫婦、ふたりとも人見知り。
ふたりとも舞台に立つ人間なのに。
おもしろいなあ。

はるちゃんも、
これからどんどん人見知りははげしくなるでしょうから、覚悟をせねば。



さて、あさって日曜日、
またまた東京へ行くことになりました。
行きは電車。
帰りはレンタカーに娘の荷物を積んで東名で。
この娘も小さいときにはかなりの人見知りでした。
東京の暮らしに疲れた様子。
名古屋に帰ってくることになりました。

はるちゃん連れての引っ越しはハードですわ。

よくやった2008年12月15日 13時34分07秒

昨日は娘の引っ越し。
数日前に急に決まった話でしたから、
なおのことバタバタに拍車をかけ、激動の一日でした。

4:30 起床
5:30 出発 電車で二回乗り換え
6:50 名古屋駅からのぞみに乗車 
8:25 東京駅に着 中央線に乗り換え
9:20 三鷹駅前のレンタカー営業所から出発
10:00 練馬区某所へ到着 荷物を運び出す
12:30 手伝ってくれた娘の友人たちと昼食
14:00 練馬区某所を出発
14:30 東京インター入る(慣れない車でひた走る)
18:30 名古屋インター出る
19:00 荷物を運び入れる
20:00 大曽根駅前レンタカー営業所へ車を返す
21:00 電車で帰宅
23:30 娘の飼っていた猫を娘の友人宅へ届ける
24:00 帰宅
25:00 就寝

※あいまに授乳やおむつ替えもあり
※はるちゃんは夫がずっと抱っこ
※オマケにおとといは、夫が急に職場に呼び出され、
そのまま残業になり帰宅が午前1時過ぎでした。

寝不足の状態でのこのハードな一日、
ホントによくやったわ!
はるちゃんもほとんどぐずらずに、よくやった!


一年と八ヶ月前、
18歳の娘はひとり暮らしを始めました。
名古屋を発つ時、キラキラ号(バス)で出発する娘を
夫と二人で見送ったあの日を思い出します。
あの日、かばんひとつで名古屋を発ったはずが、
たったの2年足らずで生活用品も含め、
モノがたくさんあふれていました。
そのほとんどは東京で処分してきます。

シンプル イズ ベスト&ビューティフル
「モノは暮らしを 身動きを 重くする」
あらためて思いました。


夫と「二度とここに来ることはないね」と言いながら、
ちょっぴりせつなくなりました。

ひとりで歩く2008年12月22日 13時50分59秒

昨日、出産後はじめて、
はるちゃんを家において出かけました。
出かけた先は、母の入院している病院です。
はるちゃんは夫が見ていてくれました。

私、意外に歩くのが速い人なんです。
それが最近、はるちゃんを抱いての移動で、
ゆっくり&ちょこちょこ歩きでした。

が、昨日、久しぶりにひとりで歩いたら、
あ~~~なんと身軽に動けるんでしょう!
はるちゃんには申し訳ないけど…、
これはちょっと感動的ですらありました。


で、病室で久々に椅子に腰掛け、
母と話が出来ました。
ほんの短い時間でしたが、今年をふり返ったりして…。

妊娠や出産だけでも一般的には、
人生を通じて一大イベントなのに、
(しかも超高齢出産というおまけ付き)
それが「大したことじゃない」と思うくらい、
あまりにもいろいろあり過ぎた年でした。

出産ギリギリまで走りながら仕事をしていたことや、
出産直前の、あの「ありがとうライブ」も、
すでに遠い夢のように思えます。

今年に入り、
スポーツ大好きだった母の調子が急におかしくなり、
何度も救急車で運ばれ、
寝耳に水の「心臓病」を告げられたり。

10年一緒に暮らした「モモ」が死に、
6年一緒に暮らしたインコの「ヒナ」が死に。

ある事情があって、
今まで行ったことがない所へもたびたび足を運びました。

出産後いちばんそばにいてほしい家族(夫)は、
芝居の公演体制で連日午前様。
生後3ヶ月まで子育ては文字どおり孤軍奮闘でした。

それ以外にも、心配事だったり、
自分の力ではどうしようもないことだったり。
いろいろありました。


この一年、たくさんの人から、
いっぱいいっぱい愛をもらい、
応援ももらっていたのに、
それもぼんやりかすんでしまうことがありました。

そして、あらゆる場面で私を支えてくれた夫に、
ありがとうの気持ちもちゃんと伝えていなかったです。

なによりも、
はるちゃんが私たちの元へ来てくれたことに、
深く深く感謝しなければいけないのに、
それ以上に課せられることが多く、
考えなければならないことが多く、
その気持を置き去りにしていました。




おととい、なにか、堰が壊れるように、
どーーーっと思いがあふれ出しました。

いつもなら涙が流れるのに、涙も流れず、
いつもなら出ない言葉があふれ出ました。
思いの7割くらいが私から離れて、
外に出てゆきました。

なんでこんなことをしているんだろう、
と、自分で自分が妙に感じました。



そして今日、
あ、オーバーフローなんだなと気づきました。

“ぜんぜーーーん平気!”
と思っていたもろもろが、
ぜんぜん平気じゃなかったと。

私の容量をオーバーしていたようです。
なかなか気づかないものよね、じぶんのことって。


ずいぶん疲れていたみたい。
それに気づいて少し楽になりました。

あらためて、すべての出来事にありがとう!

また身軽に歩ける日がときどきありますように。